「月山、今日はどうした〜?また事件捜査しに来たのかぁ?」 「ん・・・まあ、そんなとこ」 なわけないじゃない。 それなら、こんなのんきに座ってたりしないわよ! あたしは椅子に腰掛け、テーブルには肘をつきながら、思わず口ではため息をついた。 もしかしてあたしって、いつも犯人ばかり追ってる女だと思われてんのかも・・・ 事件にしか興味ないって?逮捕だけが生きがいのヤツって? ・・・何となく、自分自身その考えが当たっているような気がしてならないのが嫌ね。 誰にって、そりゃヤツ。ここ"関東監察医務院"の部長をやってる田所。 今日は、事件絡みで来たんじゃない。 アンタに用事があんのよ、田所。 そうやって、はっきり言えるのならどんだけ苦労しないか・・・ ったく・・・あたしって、何でこうなの? そもそも、今日ここに来るつもりなんかまったくなかった。 昨日、仕事が終わったときまでは、明日は今日逮捕したヤツの裏付け捜査でも、つまんないけどしょうがない、やってやろうじゃないのと思ってた。 森田にも「明日は裏づけ捜査よ。つまんないからって、サボったりしたらどうなるか分かってるわね?」と言っておいたくらいだ(そのあと、「月山さんじゃないんですから・・・」とかなんとか言われたけど。うっさいわね!!) そんなあたしが、ここにいるのには当然ワケありだ。 きっかけは、昨日の夕食会。 いつも通り、あたしと、天野と、黒川と、杉との。 昨日の夕食会は、天野が「みなさんは、男の人をどこから友達なのか、それ以上の存在なのかを判断しますか?」なんて言い出すから、その話で持ちきりになった。 「そりゃ自分の気持ちの問題でしょ。好きだと思えば好きなんだし、嫌いなら嫌い。それ以上に何もないわよ」 あたしは、まず一番にそう答えた。 だってそうじゃない。それ以上に何もないと思うけど。 そしたら杉のヤツが、「じゃあ月山は、田所が好きだと思うから好きなわけなのね。よーく分かったわ」と不敵な笑みを浮かべながら言うのよ。 あたしは、自分の顔が熱くなってくのが分かったけど「そういうこと言ってんじゃないでしょ!?あんたはどうなのよ?」と言い返した。 ・・・まっ、なのにアイツはそのまま黙りきって。そういうヤツなのよ、杉祐里子って。 人のことだけ楽しそうに聞くのよね、まったく。 一番楽しそうに話していたのは、言うまでもなく黒川。 「そうね〜、どんな店に連れてってくれるか、だね」と、自分自身で納得しながらそう言った。 話によると、「その辺の適当なラーメン屋とか連れてってくれるヤツは、まー友達だね。でもさ、ほらほらあの『"超 高 級"な店です!』って自分から言ってそうな店ってあるじゃない?そういうところに連れてってくれるようになったら、よっしゃ!!私は友達以上って思われてるっ!もらったぁ!!って判断するよ、私は」ってことらしい。 「くっだらないわね。そんなの男のその日の気分にもよるじゃない。あんたそうやって男選ぶから、いつも振られんじゃないの?」と正直どうでも良かったけど、黒川の話に突っ込んでおいた。 そしたらアイツは言ってきたのだ。 「まっ、失礼しちゃうわね!じゃあ、あんた試してみなさいよ!!」 「試すって・・・何を?」 「だから、田所をだね、『"超 高 級"な店です!』とでも言ってそうな、おフランスの店でも、イタリア料理の店でもいいから連れてくのよ。・・・おっ、その顔は、今、いいかもって思ったわね〜?」 「おっ、思ってなんかないわよ・・・大体何であたしがそんなことしなくちゃいけないの!?そもそもあんたの話は男が、でしょ?あたし女なんだけど」 「んなの関係ないわよ。それに、今運良くこんなの持ってるのよね・・・」 そう言って黒川が鞄から出したのは、2枚の紙・・・なにかの券のようだった。 「何ですかぁ?それ」 すかさず天野はそう聞いた。 その言葉を聞いて、嬉しそうに、得意げに黒川が説明する。 「今テレビでも雑誌でも話題の超高級フランス料理の店のお食事券よ!!ほら天野〜、頭が高〜い!!」 「へー・・・あの今流行の店・・・でも、何であんたがそんなもん持ってるわけ?大体、それなら自分で使っちゃえばいいでしょ?」 その2枚をまじまじと見つめてからそう言うのは、杉祐里子。 途端に、黒川は嬉しそうな顔から悲しい顔へと一転する。 ・・・分っかりやすいわね。どうせ、ふられた男にもらったんでしょ? 「それがさー・・・これくれたの、前に付き合ってたヤツでさ・・・分かれる代償としてくれたっていうか、まあある意味慰謝料っていうか・・・」 やっぱり。 「慰謝料ったって・・・たった二人分の食事券でしょ?それ、慰謝料って言うには安すぎじゃない?」 あたしは、田所との話もすっかり忘れて黒川を追求していた。 ったく、これだから刑事ってヤツは嫌だ。 自分の恋愛ごとよりも、まず職業意識が働くなんて・・・ホントやってられない。 「そうよねぇ。今考えれば、ホント馬鹿なことしたんだけど・・・」 黒川を見てると、何となく後悔してるっていうか、バツが悪そうに見えるのはあたしの気のせい? 大体、食事する手止まってるって。 「じゃあ、何で食事券なんて・・・」 「そうよ、天野の言うとおり。もっと根こそぎもらえば良かったでしょ?どうせ別れる男なんだし」 「月山・・・あんたいい性格してるわね〜・・・そんなのだから男できないのよ」 「うっさいわね。あんただけには言われたくないわよ」 「ちょ、ちょっと皆さん・・・人の話聞く気、あるわけ・・・?」 あたしたち3人が散々言い合ってたところで、ようやく黒川がやる気なさそうに、そう切り出した。 「じゃあ聞きますけど・・・どうしてそれだけで諦めちゃったんですかぁ?」 「まあ、つまりね・・・そのとき、無性にフランス料理が食べたかったって言うか・・・あるでしょ?そういうときって!!」 「「くだらない」」 ヤツの言葉に、私と杉は思わず二人でそう合唱していた。 それから、何となくお互いの顔を見合わせる。 「なんとでも言ってくれてかまいません〜!私だって、今考えれば、ちょーっとアホなことしたかな〜って思うところもなくはないし・・・」 「それ、ちょっとどころじゃなくアホよ」 「分かってるわよ・・・でも、おかげであんたはその恩恵にあずかることができるんだから感謝するのね」 「・・・へっ!?」 そう言うと、彼女は私に2枚の券をぐいっと押し付けてきた。 ちょ、ちょっと何すんのよ!? 「これで行ってきなさい、田所誘って食事にでも」 「はいっ!??」 「はい!?じゃない!人生の先輩の言うことも、たまには素直に聞くもんよ。そういうわけで、ハイ行ってらっしゃい!」 「え・・・・・・ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」 「待ってる暇なんてないわよ。月山、あんたそれとも、このままずっと少女趣味で突き通すつもり?」 勝ち誇ったような、まるで高いところからあたしのことを見下ろしているような、そんな笑み。 杉にそこまで言われて、あたしは何にも言い返せなかった。 ・・・違うわよ、杉祐里子の言葉に納得してたわけないじゃない。ただ、急に言われて、頭働かなかったってだけの話よ。 その混乱状態で券強引に渡されて、3人に言われ放題言われて・・・ そして、今に至るってわけだ。 「事件の捜査ねぇ。まったく、月山さんはいつもご苦労様だね」 「でも・・・今日は特に不審な遺体は運ばれてないですよ」 喜多村・綾小路ペアが、入り口のところに立ってるあたしに向かって、口々にそう言ってくる。 ・・・余計なこと言ってんじゃないわよ。 ったく、使えない奴らね。田所が妙に思ったらどうしてくれんのよ? ・・・・まっ、それでもまだ、天野と黒川がいなくて良かったと思う。 あいつらがいたら、どれだけ馬鹿にされるかなんて分かったモンじゃない。 昨日、散々黒川のこの考えを馬鹿にしただけに、今あたしがここにいることが知れたら、今度はどれだけネタにされるか・・・特に黒川、アイツを侮ると恐ろしいことになる。天野だって、とろそうに見えて油断できないし・・・ それを考えれば、今この時間、あの二人をここからいなくしてくれたことには、一応神に感謝しとくか。 ・・・それともアイツら、わざと出かけたんじゃないでしょうね? 「警察は、ホトケ調べるだけが捜査じゃないの。あんたたちだってこの仕事長いんだから、それぐらい少しは分かりなさいよ!ったく、使えないわね!」 「月山ぁ、それはちと言いすぎだぞ〜」 デスクに座っていた田所が、あたしの方へ歩み寄りながらそう言った。 何かの資料を読んでたらしく、眼鏡をつけたままで、やっぱりいつもの上目遣い。 その途中で急須からお茶を入れて、あたしに渡してくれる。 「使えないっていうのは失礼だぞ。あと、茶だ〜」 「・・・ありがと」 田所のそういう気遣いが、何だか嬉しくて、そのせいかもしれない。 ごめん、ちょっと言いすぎた。 「ありがとう」のあとに、その言葉も、ぽつりと浮かんだ。 でも、あたしはその言葉と自分の気持ちを、お茶と一緒に流し込む。 さて・・・と。 今、あたしの目の前には、田所がいる。 食事に誘うのに、これほど絶好のチャンスはない。 でも・・・どうやって誘えばいいんだろ。 もし目の前にいるのが森田だったら、あたしは「今日の夕飯、付き合いなさいよ。どうせあんた暇なんでしょ?」とでも言うし、これが杉だったら「ねえセンセ、今日暇?」とでも声かけてる。 前に――確か北さんの事件のときだったっけ――あたしから誘ったときは、ちゃんと仕事の目的があったから、そこまでためらうこともなかったし、北さんのためっていうのが一番だったから、特に何か意識することなんてなかった。 なのに、今回はこうだ。ホント、自分が嫌になる。 黒川や杉に「恋愛に関しては少女趣味」といわれたときは、「はぁ?」と言い返してやりたい気分だったのに、今更ながら何となく納得するわ、その考え・・・ ・・・アイツらに言われると、腹立たしいけど。 「天野と黒川なら、今外出てていないぞ〜。何か用事があるなら言っておくけどなぁ」 「ふーん、そうなんだ。あ、でも平気。別に、天野と黒川に用事あったわけじゃないし」 じゃあ誰に用事があったんだ、とでも聞く? そしたらあたしも、「田所に用事あったんだけど」って普通に言える? 「そうか〜・・・杉も今日は来ないぞぉ。用なら大学の方行ってくれ〜」 何でこうなるの・・・ はぁ・・・ 思わず、ため息のひとつもつきそうになって、慌てて口を閉じた。 「別に、杉に用事があったわけでもないわよ」 「・・・・・・じゃあ何だ、俺に用か〜?」 天野でもなく、黒川でもなく、杉でもない・・・ 田所は少し考えたような素振りを見せてから、自分を呼び指し、そう言った。 そうよ、あんたに用事あったの。 今日さ、暇?一緒に夕飯でもどう? ついそこまで言葉は出かかって、でもあたしは・・・やっぱりあたしは、それでもそれ以上言葉が出てこなくて、まるで幼稚園児の子供のようにコクッと頷いた。 「月山、それなら最初にはっきり言え〜」 「だって田所、忙しそうだったじゃない?それに・・・それに、ちょっと黒川にも言っておきたいことあったから」 「・・・そうかぁ。今はもう忙しくないから、何でも言ってくれて構わんぞ〜」 可笑しそうに笑う田所。 まるで、子供に言い聞かせるような言い方じゃない。 あたしの馬鹿のひとつ覚えのような嘘なんて、多分とっくに見透かしてるってその顔は言ってるわね。 「あのさ・・・」 「うん?」 「・・・今日・・・・・・今日の夜・・・・・・・・・・・」 馬鹿だと思った。 自分が、こんなことも言えないヤツなんて、ホント馬鹿だと思った。 いつも、犯人相手にあれだけ言ってるじゃない。 いつも、森田相手に言ってるだけ言ってみなさいよ。 あたしを誰だと思ってんの?あたしは、月山紀子よ! 自分に、どれだけ言い聞かせても、駄目だった。 「・・・・・」 「どうした、月山ぁ」 いつまで経っても何も言わないあたしを見かねて、田所が怪訝そうに聞いてくる。 「・・・何でもないわよ」 「そこまで言いかけて、何でもないっちゅうことないだろ」 「・・・やっぱり何でもない!ごめん、時間とらせちゃって」 あたしのその言葉を聞いて、田所はますます不思議そうな顔をした。 もうすぐきっと、黒川たちも帰ってくるだろう。 そのときあたしがここにいたら、二人にどれだけ言われるか。 その前には、帰ったほうが良い。 「じゃ、田所。あたし帰る・・・」 そう言いかけたときだった。 いつのまにか、白衣を脱いだ田所が、あたしの方にまたゆっくりと歩いてくる。 白衣に、眼鏡に、資料に・・・そんな仕事着じゃない田所。 見慣れていないものが、急に目に入ったからかもしれない。 あたしの目には、それがとても新鮮に写った。 「ど、どしたの田所・・・」 「月山、俺でよければ、とことん話聞いてやる〜」 「え・・・」 「ずっと一緒にやってきた仲だしなぁ、そんな気兼ねすることないんだぞ〜」 『ずっと一緒にやってきた仲だしなぁ』・・・嬉しかった。 田所の、ヤツにとっては何気ない一言かもしれないけど、あたしにとって、これほど嬉しい言葉はなかった。 きっと、今気を抜いたら顔中真っ赤になる。 「それになぁ」 田所はまだ続ける。 今度はちょっと、悪ガキのような笑みを浮かべて。 「・・・それに?」 「そんなの、いつもの月山らしくないからな〜」 「・・・うるさいわね」 言葉とは裏腹に、あたしは自分が笑っていることがよく分かった。 「ちゅうわけで月山、今夜は暇か?」 「・・・・そうね。ま、どちらかといえば」 ちゃんと時間をとっておいたなんて、絶対口から出てきたりはしない。 思っていることと、逆の言葉が口から次々と出てきた。 ホントあたしって素直じゃないわね・・・ 「それじゃあどっかメシでも食べに行くか〜。黒川が美味しいって散々言ってた店があってな〜、そこにでも行くか」 あたしが悩んでいたその言葉は、彼にとっては、何気ない一言だったのかもしれない。 でも、あたしにとって・・・あたしにとっては・・・ 今の気持ちを、何て表わしたらいいんだろ? 嬉しい? 何か違う。何ていうか・・・そんな言葉じゃ、とても収まりきれない、この気持ち。 あたしは、言葉が出てこなかった。 頭ん中も、心の中も、収まりきらない気持ちでいっぱいだった。 とてもじゃないけど、言葉なんかで表わせない。 「・・・うん」 ようやく出てきたのは、そんなありふれた言葉と頷きだけだった。 田所はそれを見て、嬉しそうに笑ってから 「じゃあ行くか〜」 と歩き出す。 あたしも、そんなヤツの後ろについて、監察医務院を出た。 気が付けばもう空は青くなく、西のほうではお日様が沈み始めていた。 「・・・ねえ」 「月山、何だ〜?」 言葉なんかじゃ全然足りないってくらい分かってる。 でも、今のこの気持ちを表わすのに一番近いのはその言葉だから。 あたしの精一杯の素直な気持ちを、この一言に込めた。 「・・・ありがと」 「・・・お〜」 先を行く彼の表情は分からなかったけど、彼の声の優しさに、あたしの気持ちはますますいっぱいになった。 *end* →あとがき |
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