One day in summer 〜  の 一 日



「もう、夏なんですよね」

ようやく本日の議論も終わりを向かえ、8人それぞれこのあとの予定を考え始めていたとき。
楓由子が誰に言うともなく、唐突にそう呟いた。

「夏なんですよね、って何言ってんの?もう7月も終わりの終わり、夏だって半分終わりかけてるってときに」

松永が、呆れた表情を浮かべ、すぐにそう言い返した。
それもそのはずだ。
本日、7月30日。夏日が続きに続いて、今日で既に15日になる、とニュースでは散々行っているような、夏真っ盛りの日。
修習所を一歩出れば、ミーンミーンとセミの大合唱が聞こえるような日、外を歩けば「暑いね」という言葉を聞かないことのないような日に。
そんなときに、「夏なんですよね」とまるで初めて気がついたように言うことはないだろうと、松永は心底――表情などでは、読み取れないほど――呆れていた。
しかし、やはり8人もいれば、感じ方は人それぞれだ。

「でも、その気持ち、なんとなく分かる気がする。毎日こんなクーラー効いた部屋でさ、変わらず議論してれば季節感もなくなるよな」

うんうんと頷きながら話に参加する羽佐間は、どうやら楓の意見に賛成的なようであった。

「・・・そう?」

それでもなお、松永は怪訝そうな顔をする。

「あ、ほら俺さ、司法試験の勉強してるとき、夏は窓全快!、冬は布団かぶって机にかじりつく!っていうのが当たり前の生活してたからさ、年中こんな過ごしやすい気温でやってると、やっぱり季節感じなくなるんだよね」
「分かります!その気持ち!!」

そこで、ハイッと手をあげて(それはまるで、小学生が授業中にやるような)真剣な顔して続けるのは、やっぱりあの人。

「分かるっ!?田家さん、分かる?」

思わず、羽佐間のテンションもその手にあわせて一緒に上がる。

「ハイ。夏といえば僕も・・・司法試験に受かる前は、いつもいつも暑い中で勉強していました。汗がだらだら流れて、参考書の文字がかすれて読めなくなってしまうことも、しょっちゅうありました」
「分かる分かる。ノートも、手が汗びっしょりだから、鉛筆で書いても書いてもこすれてさ、ぐちゃぐちゃになっちゃったよなぁ」
「消しゴムでも、消えませんでした」

「そうそう・・・」

二人とも思い出を語るだけ語ると、どこか遠いところを見つめるような目をする。
まるで、そのときのことを思い出しているかのように。

「あー、夏といえば」

そこで、思い出したように崎田が声を上げた。
その言葉に、7人の注目が崎田に集まる。

「うちの娘、先週から夏休みなんですよ。毎日、遊びに行ってるみたいでねぇ、妻が困った顔してますよ」

そして、へへへと顔一杯にその「困った」という言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべる。
司法修習生とは言いながら、彼はやはり一人の親であり、娘の話をするときは、いつもどんなに「困った」話でも「大変」な話でも、嬉しそうな顔をするのだった。

「あ、うちも綾香が夏休みよ。私も困っちゃって」

今度は同じ親の立場である、黒沢が話を続ける。

「何?黒沢さん家も、毎日遊びに行ってるの?駄目だよ、ちゃんと注意しないと」

「んなわけないだろ」と、崎田の大ボケ勘違いに桐原が小さな声で突っ込んだ。

「違うわよ、崎田さん。大体、うちの綾香、まだ幼稚園よ」

あ・・・そうだっけ?という崎田に、やだぁ、崎田さんったら、と少し笑ってから、

「毎日、『ママ〜どこか連れてって〜!』ってせがむの。でも、私は毎日この通り修習があるから、どこにも連れて行ってあげられないでしょ?連れて行ってあげたいのは、やまやまなんだけど」

と今度は真剣に困った顔をする。

「あ、それじゃあ!」

楓が、何か言い案を思いついたようで、顔中嬉しそうにしながら、黒沢の言葉をさえぎった。

「ココに連れてくるって言うのは、どうですか?ほら、そうすれば、黒沢さんとも一緒にいられるうえ、8人もいたら、きっと楽しいこと間違いないしですよ」

・・・・。
断らなくてはいけない善意ほど、返す言葉に困るものはなかった。
今の楓はまさにそれで、満面の笑みを浮かべ、その言葉は善意に満ち溢れているということは、誰もが分かっていたが、それが実現できることかといえば、到底不可能に近いということも、また楓を除く7人全員が分かっていることだった。
しかし、善意のこもったその言葉を、「不可能」などという言葉で、バッサリ切り捨てることは、なかなかできることではない。
自然と場は、静かな、というよりもむしろ、気まずい沈黙に支配された。

「いや、あのそれは・・・ちょっと、無理じゃないかしら?」

それから何十秒、いや、何分経ったころだろうか。
いい加減、その沈黙に耐えかねた森乃が、みんなの気持ちを代表して、そう答えた。
言葉には出さないものの、心の中では、7人全員がその森乃の言葉に大きく頷く。

「仮にも、ここは司法修習所。残念ながら、子供託児所はないんでね」

いやぁ、真に残念だ。と妙に芝居がかった動きをしながら、桐原は森乃の言葉に続けた。
それから、

「・・・ですよねぇ」

と楓が特に悲しむ様子もなく、今度は「何か・・・難しいですよね。ホント、どうすればいいんですかね?」と腕を組み、真剣に困った様子を見せながら、最終的に「皆さんは、どうしたらいいと思いますか?」と7人に話を振った。
他人のことなのに、まるで自分自身の問題かのように。
そんな一生懸命な様子に、7人は無意識のうち、好感を覚える。

「時間があまりかからなくて、行けるところですよね」
「ええ、そうね。出来れば」
羽佐間は確認の意味もこめて、一応そうは言ってみたものの、その先の肝心な"考え"というやらは、まったく思いつかなかった。

「プールなんて、いいんじゃないの?ほら、子供って水の中泳ぐの好きでしょ?」
「あ、プール!!それ、いいですね!」

崎田の意見に、羽佐間はすぐに賛成する。
しかし、

「私もそう思って、言ってみたんだけどねぇ。何か、あまり乗り気じゃないみたいなの。綾香、あんまり泳ぐの上手じゃないからかしら?」

黒沢の言葉に、さっきまで嬉しそうに「でしょでしょ?」と自分の意見を推し進めていた崎田は、ガックリと肩を落とした。
さらに、

「プールが好きなのは、子供よりオッサンの方じゃないの?この間、私の友達が、プール行ってセクハラされたって怒ってたよ」

という松永の言葉と痛い視線に、「そんな・・・人ばかりじゃないでしょ。こっち見て言わないでよ」と言いながらも、さらに体が小さくなっていくようにすら見えた。

「それじゃあ」

ゴホンと、この暑い中、ご苦労様なことにわざわざ咳払いをしてから、桐原が今度はしゃべり始めた。

「ディズニーランドとか、そういう遊園地がいいだろ。時間も大してかからない」

やはり、こっちもどこか得意げだ。
さらに、「ミッキーマウスに会えば、きっと娘の機嫌も一発で直るだろうしな。あと、餃子ドッグってやつも美味いんだ、コレが。だからまあそっちもいいんじゃないか」と続ける。
が、

「というより、つまりはあなたが行きたいんでしょ?」

すかさず、森乃が突っ込む。

「どうして君はそう歪んだ受け取り方しかできないんだ?」
「あなたのその無駄に詳しい話聞いてれば、誰だってそう思うでしょう?」
「そんなことはない!それは、君がそうやってそうやって俺のことを陥れようとする方向で聞いているからそうなるんだ」
「そんなことないわよ。大体、陥れようなんて思ってないわ。まあ仮に、私があなたを陥れたりしても、何のメリットもないじゃない。そんなこと、わざわざしたりしないわ」
「じゃああれか、君は自分にメリットのないことはやらないのか?最低な女だな」
「そこまで言ってないでしょ?そもそも、今はそんな話をしてないじゃない」



「あー、森乃さん、桐原さん、落ち着いて!!」



そこでようやく、羽佐間が二人の間に止めに入った。

「お二人の言いたいことはよく分かりましたから。桐原さんが、ディズニーランド好きで、でもジェットコースターは嫌いだってこともよく分かりましたから」
「そんなこと誰も言ってないだろ!!」
止めに入るどころか、火に油を注いだようなものだった。

そのとき。





ドーン





外から、なにやら音が聞こえたかと思えば、そのあと急に空が明るくなったように感じた。



「これってもしかして・・・・」

それだけ言い残すと、羽佐間は走って教室を出て行く。
それに、7人は反射的に続いた。



「皆さん、こっちこっち!!」



教室を出て、外に向かって走っていると、前を行く羽佐間が手招きをする。
その間も、『ドーン』という音が時々なり、そのたび空が明るくなる。



「やっぱり、思った通りだ。見てください!」

8人全員が外に出て、空を見上げたときだった。



ドーン



そして、明るくなる空



―――花火だった。



「はっ、花火ですね!!」

田家が思わず、驚いたような声を出す。

「いやぁ、これまた、見事な花火だねぇ」

崎田が嬉しそうに呟いた。

「花火なんて、久しぶりに見たわ。綺麗ね」
「ああ、そうだな」

森乃と桐原も、続けてそう言った。
先ほどまでの言い争いもどこへ行ったことか、むしろ微笑みすら浮かべて。

「もう夏なんだなって思うよね、花火見てると」

そのとき、誰かがそう呟いた。
それは―――

「何だ、やっぱり君だってそう思ってたんじゃん」

羽佐間が、思わずプッと吹き出した。

「・・・え?」でも、本人は不思議そうな顔をする。

「ほら、さっき楓が同じこと言ったときに、『何を言ってんの?』って言ってたからさ」

「あっ、そうだっけ?」

それは、他の誰でもない松永だった。
それから舌を出して、苦笑いしながら、「さっきの訂正。アンタの気持ち、よく分かった」と付け加えた。

「本当に綺麗ですよね」

「いえ、いいですよ、松永さん」と律儀に答えてから、楓が空を見上げたまま、そう呟く。
それは、みんなの気持ちをまとめて言うかのように。



「そうだ、綾香と一緒に花火見に行くことにするわ。それなら、きっとあの子も喜ぶだろうし」

目の前に咲く、明るい空の花を前に、黒沢が笑顔でそう言った。

「妥当でーす!」

誰に合わせるともなく、7人も笑顔でそう続けた。

「そうだ。私、お酒買って来ますよ。花火といったら、美味い酒に、枝豆でしょう」
「それいいっすね!俺もついてきますよ」
「山本に怒られても知らないからね」
「それなら大丈夫です。さっき一人で嬉しそうな顔しながら帰っていきました!」
「嬉しそうな顔・・・怪しいな」
「あなたほどではないけど」
「何だそれ」
「も〜、桐原さんと森乃さんはすぐそうなんだから!とりあえず落ち着きましょ!」
「本当に桐原さんってガキですよねぇ」
「お前にだけは言われたくない」
「喧嘩するほど、仲が良いって言いますもんね」
「・・・。」
「・・・ま、とにかく買ってきますよ」



空では、一段と大きな柳が咲き、そして綺麗な曲線を描いて消えていった。



*end*



あとがき



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