パンプキンのポタージュに、オムハヤシ、食後にイチゴのムースはいかがですか。




 作 メ ニ ュ ー





あともう少し。

ぐつぐつと煮えるカボチャを勇二郎は、ゆっくりと弧を描くように混ぜる。
あまり火を強くすると鍋に焦げ付く。
火加減と、混ぜ合わせるリズム。決して難しいことではないが、侮っては失敗する。
火をつけっぱなしの調理場は、冬とはいえ決して涼しくはない環境にある。
その中で何時間もひとつの鍋に集中して、大の男が一人腕によりをかけた料理を作るとなれば、額に汗は付き物だ。
「勇二郎さん」
背後から、彼を呼ぶ声が聞こえた。
女にしては、落ち着いた、しかし食べ物を前にすると、途端に変わるだろうと予想できるその人。
「何作ってるんですかー……あ、もしかしてそれ」
「かぼちゃのポタージュだ。冬のメニューに加えようかと、試行錯誤を繰り返してるんだが」
「うわー、美味しそう……」
予想通り。
言うよりも早く横から鍋を覗き込む彼女が、顔をほころばせた。頬が上がって、目がにこりと山を作る。
ランチを前にしたときの、あの、見てる方まで幸せになってしまうような、人懐っこい笑顔。
料理人にしてみれば最上級の褒め言葉を、最上級の顔で言ってくれる、ある意味最高の客。
それが、今隣にいて、そして彼の作る料理を一心不乱に眺めている。
食べて欲しい———
咄嗟に勇二郎はそう思った。
小さな料理屋の小さな料理人が作った料理だが、彼にだって自信とプライドはある。
それはただ、自分の作った料理を食べて、上手いと言ってもらって、その人が元気になってくれればいいなという、願いと希望。
だからこそ、まず初めに彼女に食べてもらいたいと、そう思った。
しかし。
「初めに断っておくが、そんな顔しても、あんたに飲ませる分は無い」
言葉とは実に不器用なもので、必ずしもその思いを伝えてくれるとは、限らなかった。
顔をあげ、きっと思っていた通りのことをはっきりと言われたせいだろう。
「誰も期待してませんよ別に。そんなに、意地汚くありませんから」
今までの笑顔もどこにいったか、突っぱねた矢先、なつみは彼の隣をさっさと離れていった。
「……分かっているなら、よろしい」
ふつふつと、鍋から先ほどよりも大きな泡が立ち始める。
焦げ始めたら大変だ。
彼は急いで火を止め、それから大きく早く対流を促すよう、かきまぜた。
「あの、なつみさん」
彼女が勇二郎の隣を離れ、カウンターにひじをついて、無心にホールを見ていると(営業時間外で、綺麗に片付けられ、人一人いない)、彼女の後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこに立っているのは、やはり先ほどまで鍋を凝視していた純三郎。
妙に嬉しそうな顔で、手に持っていた皿を、ぐっとなつみの前へと突き出した。
「それじゃあ、これ食べてよ! 俺も、冬のメニューに加えようと思って作ってたんだけど」
「うわぁ、オムハヤシ? あー、こっちも美味しそう」
ふわふわのたまごがかかったオムライス、その周りには親父さん直伝のデミグラスソースで作ったハヤシライス。
たっぷりの自信と、伝統の味の織り成すふんわりと食欲をそそる匂い。
「あのマカロニのオムライスも本当に、本当に美味しいけど、ハヤシライスもさ、こう、口の中であのデミグラスソースが、いっぱいに広がって」
「その両方が味わえるオムハヤシ、良いと思うでしょ。俺の自信作なんだ」
なつみのテンションが上がれば上がるほど、作った純三郎のテンションも上っていく。
この顔を見るために作ったと言っても、過言ではない。
彼女がランチタイムに働くその後姿を見て、彼は今日、この料理を作ることを決めたのだから。
「だから、その」
お皿を渡され、一人嬉しそうに覗き込んだり、「んー、美味しいそう」と香りを楽しむ彼女を前に、急に真面目な面持ちになる。
「まず最初は、なつみさんに食べてもらいたくて」
つられたように、一瞬真顔になったなつみに、はい、とスプーンを差し出した。
「……ありがとう、純三郎くん」
状況をしっかり理解したと見えて、それを受け取り彼女は満面の笑みを見せる。
さっきの勇二郎との様子を思い返しても、その差は一目瞭然。
よっしゃあ、と彼が思わず心の中でガッツポーズをして、実はこっそり右手をぐっと握り締めていたなんて、言うまでもない。
「なっちゃーん」
という、明るい調子の聞き覚えのある声が、耳に届くまでは。
「じゃデザートは俺が作ったイチゴのムースで締めない?」
ずいっと目の前に出てきたのは、トレイに乗った4つのデザート。
思わず顔をしかめつつも、その手の先をじっと辿っていくと、
「どうもーっ」
案の定、そこにあるのはへらへら笑う純三郎の弟、光四郎の顔だった。
「へえ、ピンク色のムースかぁ」
オムハヤシを手に持ちながらも、なつみの関心は、すっかりと目の前に差し出されたそれらの方に向かっている。
透明な容器に入れられたデザートたちは、イチゴがふんだんに使われ、薄くピンクが色づき、味もおいしそうながら、実に見た目も可愛らしい。
「そ。冬ってイチゴがたくさん作られるっしょ。クリスマスでさ。だから、それムースになんてしたらなかなかいいと思って、作ってみたんだよね」
得意げに説明する光四郎は、相変わらず苦い顔をする兄に向かってピースサイン。
ようやく、この時点における自分と、それから我が弟の状況がつかめたと見えた彼は、
「何でお前まで作ってんだよ。大体、だから学校は?」
と兄貴面をして、もう何度目か分からない質問を弟にぶつけた。
「いいのいいの。今日午後日本史なんだよね。つーわけでどっちにしろ自習だからさ、どうせだったら俺も冬のメニュー考えたほうがいいかなってことで」
「どっちにしろって何だよどっちにしろって。ちゃんと授業受けろよ、金払ってんだから」
これも何度目かは分からないお説教は、全く持って効く様子がない。
純三郎にしたって、光四郎に勉強の才(努力して机にかじりつき、ひたすら問題を解いたり考えたりする)のが似合わなく、それよりもこうやって料理に携わるほうがあっていると、最近は思うくらいだ。
しかし、それを面と向かって本人に言うのは、さすがに、と思う。
こういうことこそ、三男の自分が口を出すことではない、と。
肝心なところに限って、ようは逃げ腰なのだ。
「光四郎くんって、ホントデザート得意上手いと思う。うん、絶対店に出せると思う。これランチで食べられたら、午後やる気出るもん」
その口調は純三郎にしてみれば悔しいくらいに自信満々で、そして光四郎にしてみれば、予想以上に嬉しそうな笑顔だった。
「そう? やっぱ? 俺もさ、才能っていうの、あると思うんだよね。だからまず、なっちゃんに食べてもらおうと思って」
「私? いいの、これもらっても」
「いいのいいの。だって、なっちゃんは『ランチの女王』なわけでしょ?」
なっちゃんに食べてもらわないで、誰に食べてもらうの。
光四郎の明るい言葉に、「ありがとう、光四郎くん」と一言一言丁寧に言葉を発した。
数ヶ月前になつみが客に向かって言った『ランチの女王』という言葉。
なつみのあのランチを前にした笑顔を思い出すと、これほどぴったりな表現もないと、四兄弟にしてみても、思わず頷いてしまったものだ。
「でもなつみさん、これはデザートだからさ、先に俺の作ったオムハヤシ、食べてよ」
光四郎のデザートの上に、純三郎は自分の作ったオムハヤシの皿を持ってくる。
それから、弟の方に視線を向けて、ひと睨み。
兄として、男として、料理人として、ここ引き下がるわけにはいかない。
「何言っての純兄。オムハヤシなんて味付け濃いもん食べたら、俺のムースの味よく分かんなくなるじゃん」
「あのな、デザートはデザートらしく、おとなしくメインの後に続けばいいんだろ」
「そんな言い方なくない? メインとかメインじゃないとか、そんなの関係ないだろ。世の中にはさ、デザートから食べたいっていうデザートメインの可愛い女の子いんだから」
「べっつにそんなの可愛くもなんとも無いよ。ただのわがままだ。そう思うよねなつみさん?」
「え、私!? いや、別に私は……」
「本当に分かってないよね、純兄って。なつみさんもそう思うっしょ?」
「いやだから、私は……」
「それはお前だろ? 大体、洋食屋の息子のくせにデザートなんて」
「だから、そういう考えは古いんだって」
「あのなあ」
三男と四男が散々言い合っているその中に、別の声が突然割って入ってきた。
低く、妙に逆らえない物言いで、そして少し呆れ気味。
二人は背を向けているその人物が、なつみにはしっかりと真正面から見ることができた。
「お前ら、新しいメニューを作るのは良い。良い行いだ。でも、やるからには、もっときちんと考えなさい」
次男、勇二郎。
ほんのわずか数秒前まで、鍋に向かっていたことが、その手にもたれてヘラから見て取れた。
「考えてるだろ、だからこうやって」
「そうそう、完璧っしょ、これ」
二人の弟は、それぞれ自分の作った自信たっぷりの料理を、兄貴の前へと差し出す。
はっきり言って批判される要素などないはずで、それをどちらも確信していた。
いつも以上にむっとした顔の勇二郎は、まず無言で純三郎の皿を凝視した。
そして、手を伸ばす。
「あっ……ちょっとこれ、なつみさんに食べてもらおうと思って」
「純三郎」
弟が悲観的に喚くよりも、兄のしっかりと重さを持った言葉のほうが、圧倒的に強い。
「まずお前のオムハヤシだが、これはただオムライスとハヤシライスあわせただけだろう。従来の品をふたつくっつけただけで、こう、オリジナリティに欠ける」
「は? オリジナリティ?」
頷き、納得顔で、しみじみと弟に語りかける兄貴だが、正直、あまりに似合わなすぎるその横文字に、純三郎は顔をしかめた。
誰もが同じことを思っていたらしい。光四郎となつみの表情にも、彼と大した差は見られなかった。
しかし、ランチに情熱を傾ける彼女にとっては、顔をしかめた理由が少しばかり違う
オリジナリティがないという一言はその料理自体を侮辱されたようにすら感じた。
料理人とはいえ、ランチを作ってくれている人とはいえ、それは許し難い、と。
「勇二郎さん、でもおいしいですよオムハヤシ」
まずは、角の立たないように。ニッコリと笑う。しかしその目は完全に据わっている。
「そうか? オムライスとハヤシライス、どっちつかずでも」
「その両方を良いとこ取りした感じが、いいんじゃないですか」
「だから、俺が言いたいのは、その両方をいいとこ取りするような精神が、実にあざとい。そんな料理を出す店だと思われたくないんだ」
彼なりのプライドだってある。
今まで、長男が出て行き、親父が一生懸命守ってきたこの店を、何とか自分も切り盛りしてきたという自信がある。
だからこそ、ちょっとしたことで傷ついて欲しくなど、ないのだ。
しかし、そんな彼の些細なプライドなど、この場で“ランチの女王”相手には通じるはずがない。
「ンなこと誰も思いませんよ!」
途端に彼女の調子が、一転した。
「いいですか。例えば、今日のお昼は、オムライスがどうしても食べたいなって、洋食屋に行くんですよ。でも、そうしたら、店の中からふわふわとデミグラスソースの香りがするんです。もう、ああ、今日は絶対デミグラスソースがたっぷりかかった、ビーフシチューにしたいって、この状況じゃあ、誰だってそう思うでしょ」
「じゃあ、ビーフシチューを食べればいいじゃないか」
「でも、オムライスが食べたいんです」
「それなら、オムライスを食べればいいだけだろ。筋が通ってないな、あんたが言うことには」
「だ、か、ら! オムハヤシだったら両方食べられて凄く嬉しい気持ちになれるんです、って例なんじゃないですか!」
「そうだよ勇兄! 俺はそういうなつみさんみたいな人も、喜ばせてあげたいと思って作ったんだ。だから、冬のメニューに加えて欲しいんだ、お願いだから」
一人ヒートアップするなつみに、純三郎も皿を持って加勢する。
火に油を注いだがごとく、二人の間には『オムハヤシの素晴らしさ』を巡る、今まで以上に熱い友情が築かれつつあるこの状況。
「……まあ、あんたはいいんだ。どうせ、作らないし、食べないんだから」
それを見て、逆に冷めていく勇二郎が、落ち着いた口調で、しかし有無を言わせないという冷たさでまとめきった。
頭からバンダナをはずし、正直、オムライスとか、ハヤシライスとか、オムハヤシとか、そんなのどうでもいいとすら、思ってしまう自分がいたことを、恐らく彼は否定できない。
「それに、オムライスとハヤシライス分作っても、値段は抑えないとならない。2品作って、1品分。コストがかさむってことくらい、分かるよなお前にも」
「でも、値段少しあげれば」
「それが出来れば苦労して無いだろ、今まで」
夢をひたすら語る若者には、労苦を重ねた苦笑いと一緒に、現実を。
唯一であり、キッチンマカロニにおいては絶対的なその理由を、彼は厳しく突き出した。
これを出されては、どれだけ盛り上がった純三郎もさすがに言い返すことは、できない。
「次に光四郎」
今度は、その隣に突っ立ち、ひたすら今までことの成り行きを楽しそうに見守っていた一番下の弟に、声をかける。
俺? と指差す弟に、家を仕切り続けてきた兄貴は、学校は? とも授業は? とも突っ込むことはせず、淡々とした口調で続けた。
「悪いが、イチゴの季節は5月だ。確かに、クリスマスを中心にして、冬もイチゴは市場に出回る。でもそれは、あくまで温室で育てられた……そう、偽物だ」
最後のその一言を、妙に協調するように、兄は弟を諭した。
自分で言ってから、その言葉の正当性に気づいたらしく、口の中で「偽物、偽物なんだよ」と何回もどもり、もう一度、「偽物なんだ」とはっきり断言する。
「は? 偽物? 勇兄意味分かんないんですけど」
「確かに偽物って……」
もちろん、とって付けられたような言葉に、弟達は納得できるわけも無い。
顔をしかめ、さっきまで良い争いをしていたのもすっかり忘れ、「ねえ、俺が学校行ってる間に勇兄頭でもぶつけたわけ?」「さあ……」とひそひそ、自分たちの兄貴について、本気で心配し始めるほどだった。
「そういうわけだ。お前達の料理は、冬の新作メニューに加えるわけにはいかない。残念だな」
心配される当の本人は、実にさっぱりとした調子で、「はい、終わり終わり」と自分の持ち場に戻っていく。
その途中、パンパンと手を二度打った。
その音が惨敗を記した二人と、結局何もできなかった一人の前に、むなしいくらいに響き渡る。
「なつみさん、ごめんね。俺、また今度作るから。……新作メニューには、加えられないけどさ」
カウンターにひじをついて、純三郎は隣に佇む彼女に向かって、自嘲気味の笑顔と一緒に呟いた。
今日一日ここから見えたなつみの姿を見て、あの料理を作りたくなったのだ。
お客ににこやかに対応し、料理の説明を誰よりも愛しそうに行い、この店も、料理たちも、誰よりも愛してくれている、この人を見て。
必死に働くこの人が、嬉しそうに腹を満たしてくれればいいと、本気でそう思った。
だから、誰よりも食べて欲しかった。
新しいメニューに立派に加わって、誰よりも喜んでもらいたかった。
「純三郎くん、いいよ。私———」
なつみも、純三郎の隣に並んで、ひじをつこうとする。
そのとき。
ホールに、勇二郎が一人歩いていくのが見えた。手には皿を持ち、それを順番にテーブルの上へと並べていく。
誰も客などいないはずのマカロニに、ランチタイムのような錯覚を、二人は、それから何気なくホールに目をやった光四郎は覚えた。
「勇兄ぃ、何やってんの?」
気だるそうに、それでも一応礼儀というか、聞くべき状況なのだろうと光四郎は声をかける。
勇二郎の頭には、再びバンダナ。きっと、あれから自らの料理にも手を加えたのだろう。
テーブルの上に置かれたパンプキンのポタージュは、綺麗な綺麗な黄色に、パセリの緑がよく栄える。
「……その、できれば、試食してくれないか。冬のメニューに加えたいんだ」
ぶっきらぼうに、しかし精一杯の気持ちを込めて、彼は言った。
「ここに3人分ある。純三郎、光四郎、それから……麦田さん、あんたにも」
「え、でもさっき、私の分は無いって勇二郎さんが」
なつみは、そこまで言うと口を閉じた。
勇二郎が何を考えているのかはよく分からないが、それでもここは彼の判断に任せようと、何となく、そんな気がした。
何か言いたそうに口を二三度動かし、それでもそこから例えば光四郎のように言葉が勝手に出てくるほど器用でもなければ、純三郎のように、熱意でカバーすることもできないが。
彼には、彼なりの伝え方がある。
この料理を食べてもらって、一言、笑顔で美味しいと言ってもらえれば、それで良いと、そう思う。
「一人でも多くの人に飲んでもらったほうが、結果が分かるじゃないか」
「結果?」
「味の。まだ、試行錯誤の途中なんだ」
「ああ、そういうことですか」
ぶっきらぼうな誘いには、ぶっきらぼうな答えを。
二人の会話を面白く無さそうに見ていた純三郎にとっては、喜ぶべき光景なのだが、それでも空気が重いこの状況は、あまり嬉しくはなかった。
どうせなら、なつみを含め、自分の料理だって食べてもらいたかったし、光四郎のムースだって、食ってやりたかったと思うのだから。
ただ、勇二郎が食べてもらいたくて俺達のを落としたというのなら、これほど理不尽なことはない。
それじゃあ食べますよ、と言ってホールに出ていき、テーブルの前まで歩いていくなつみ。
しかし。
「でも……美味しそうですよね」
そのポタージュを見て一言。にんまりと笑って頷いた。
そして、ぱっと顔をあげる。カウンターから無心に見続けた純三郎と目が合い、そして彼女は楽しそうに
「ねえ、純三郎くん」
と呼ぶ。
「私ね、それ、オムハヤシ、食べる。食べたいもん。だって、そんな美味しそうな匂いさっきから嗅がされて、それでまた今度って、そんなの無理!」
ニッと笑って、ほらこれ、純三郎くん渡してくれたじゃない、とスプーンを差し出して。ほらほら早く、と純三郎を手招きしつつも。
「もちろん、デザートは光四郎くんのムースね。楽しみにしてるから」
その隣で、ひたすら面白く無さそうに携帯をいじっていた光四郎にも声をかけた。
「やっぱなっちゃんはさ、そう来なくっちゃ」
途端に、彼の顔にも明るい表情が戻り、ピースサインをなつみに向けた。そして、小走りでキッチンからホールへと向かう。
「あの、勇二郎さん」
最後は、隣に佇み、その様子をただ眺めていた、このたまらなく美味しそうなポタージュを作り上げた次男に、彼女は口元に笑みを残して。
「私がこんなこと言うと、またあんたはどうせ、って言われるかもしれないけど。みんなで食べて、それで決めればいいじゃないですか。ランチって、そりゃ味も大切だけど、みんなで一緒に食べて、美味しいねって言い合えたら。そういうのも楽しいものなんじゃないですか」
この不器用な男にその想いがどれだけ伝わるかは分かったものではないが、それでも、ランチに対する愛情と、それを作った人に対する敬意だけは彼女は誰にも負けない。
ただ、見上げて、顔をじっと見つめて、その想いが伝わるようなつみはなつみなりに、やれるだけのことをやってみたのだ。
「おい純」
勇二郎が、キッチンの方へと声をかける。
「スプーンあと4本、持ってこい。それから取り皿も」
「え?」
オムハヤシを温め、なつみの元へと今まさにもって行こうとしていた純三郎が、カウンターから顔を出す。
「勘違いするなよ、お前達がどれくらい成長したのか、兄貴として味を見るだけだからな」
「……うん、分かってる。持ってくよ」
意外、と書いてあったそこに笑顔が広がるまでには時間は必要なく。
「俺のムースは、冷蔵庫で冷やしてあるから。食後のデザートとして、待っててね」
と光四郎がテーブルに着き、
「お待たせ。オムハヤシにスプーン、それから取り皿四人分」
と純三郎がテーブルの上に、それを律儀に並べていく。
「それじゃあ、食うか!」
4人が揃ったテーブルに、彼らの兄貴の明るい声が響くと同時に、4人一斉に手を合わせた。
「いただきますっ!」
「うん、美味しいーっ」というなつみの呟きと、料理人最高の褒め言葉、その満面の笑みが見られたのは、間もなくのことだった。




*end*




今年一発目は、久しいという言葉がよく似合うほど久しい「ランチの女王」
アンケートで「ランチの女王」に入れて下さった方に捧げたい、と書けるほどのものになっていれば良かったんですが(>_<)
過去に「ランチ特集」みたいな連作を書いていたことがあります、実は。
でもパソコンが壊れてしまったときに全部データが飛んでしまいまして、結局ずっと更新しじまい。
いつかいつか、と思っていたからかスラスラ書けました。笑
ビデオは見返さず記憶だけ頼りに書いたので、光四郎絶対「野ブタ〜」の山下くん入ってますよね(^^;)誰、って感じだ。
放送当時、なつみさんには純三郎とくっついて欲しいと思っていた気がしますが、やっぱり勇二郎さんかもなぁと思い直しながら書いていました。

2006.01.27



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