上司から任されていた仕事(所轄のお守り。なんであたしが)がようやく終わりかけた頃。
携帯を見てみると、メールが1通届いていた。



Subject:今夜なんだけど
From:黒川栄子
――――――――――――
今夜仕事入ってる?(‘_‘?)
今日はちょっと主旨変えて、
パーッと食べに行こうかって天野と話してたんだけど、どう?
仕事終わったらメールください。
もし無理な場合も、月山の分も私たちが食べておいてあげるから、
安心してね。仕事ガンバレ(^0^)



事件も片付いて、気兼ねなく休める週末は久しぶり。
事後処理は森田にでも任せておいて、黒川の言うとおり、パーッと何か食べに行くのもいいかもしれない。

……それにしても。

あんたってホント、一言多いわよね。




彼  の 話




「月山、ほら、肉こげるからひっくり返す!」
「ちょ、ちょっと! 天野あんたとろとろ邪魔なのよ」
「ひどいなぁ、邪魔ってこと無いじゃないですかぁ」
「んもういいわよ!! あんたたちどいてて。私やるから!」

痺れを切らした黒川が体を乗り出し、じゅうじゅうと音を立てて焼ける肉を次々とひっくり返していく。
栄子さん、早いなぁ、と天野が思わず感嘆する声を上げるくらい、その作業はよどみない。
「うん、さすが。上手いわ」とあたしも漏らすと、「控えろ控えろ図が高い高級カルビ!
、なんちゃって」と彼女は笑った。
……やっぱりあんたには敵わない、黒川。



やつからの指示でやってきたのは、御用達のアイーダではなく、焼肉屋だった。
天野の話によると、最近出来たばかりの店らしく、様々な番組で特集されていたのを見た黒川が行きたいわね食べたいわね嗚呼あの店員格好良い! と話を切り出したらしい。
確かに、焼肉屋にしてはなかなかお洒落で、行きたいと言っていた気持ちも分かるなかなか良い雰囲気の店だ。
だけど、

「ねえ、そういえば、今日杉祐里子いないわね」

じゅうっと良い音を立てる肉を取りながら、あたしは言った。

珍しいことに、杉祐里子の姿が見当たらない。
あたしたち4人だって、いつも一緒に仕事をしているというわけでは無いけれど、大抵夕食行こうと話がまとまると、誰が誘うでもなく4人集まるものなのに。

「先生も誘おうって言ったんですよ。でも栄子さんがやめとこうって」
「だって、他でも無いあの杉よ?」

途端に黒川の手に、口調に、ぐっと力が込められたのがよく分かった。
他でも無い、あの、あの、杉祐里子。
……ああ、なるほど。

「あー、そういえば何だかんだ言ってあいつ、肉好きだったわね」
「そう、あんな冷めた顔してねえ。焼肉なんて呼んだらどうなるか分かったもんじゃないわよぉ」
「えっ、そんな理由だったんですかあ!?」
「そんなってあんたね、これ結構重大よ?」
「いいじゃないですか、別にそれくらい。皆で、楽しくて食べられれば」
「甘い! あんたはそうやって杉の肩すぐ持つけどね、そういう妥協が最終的には人生の失敗に繋がるのよっ!」

何もそこまで言わなくてもいいじゃない、と思うのだけど、黒川が言うと妙に逆らえないものを感じる。
そうなんですかぁ? と擁護派だった天野もむしろ口元を緩めるくらいだ。
やっぱり、何だかんだ言っても結婚して、離婚して、その上こうやって仕事もして、わが道突き進む“人生の先輩”ってやつだからかしらね。

……人生の先輩。

でも、それを言ったら、あの杉祐里子も一応あたしの人生の先輩なのか。
普段そんなこと意識したことも無かったけれど、改めて考えてみると可笑しな話だ。
先輩———その言葉の響きだけは、あたしと杉祐里子には合いそうにない。

「あー杉先生、今頃何やってるんですかね」
「さあねえ。実験してるとか、資料作ってるとか……そういえば、何気に助教授なのよね、杉って。大学に教え子とかいるのかしらね」
「教え子かぁ……あ、教壇に立ったりとか、するんですかね」
「うっわ! 想像付かないわよそれ。でも案外人気かもね、杉助教授。ゼミの後とか、熱心に聞いてくる学生とかいても不思議じゃないわよ」
「えー、まさかぁ」
「まさかってあんたね。ありうるわよ案外。まあ精々、あんたの目標取られないように気をつけなさいよ」

くだらないことを考えている間に、2人はどんどん話を進めていく(そしてどんどん焼いては取り皿へと肉を入れていく)
この場でいなくても、しっかりと杉祐里子が話題に出てくるあたり、結局何だかんだ言っても4人でいるようなものね。

「案外デートとかしてるんじゃないの? 週末なんだし」と今度は、あたしが話題を振る。
「えっ、先生がですかぁ? ええーっ」
「んー、どうかしらね。杉ってホント、そういう話聞かないわよね」

楽しそうに驚く天野とは対照的に、黒川の判断はあくまで冷静。

「男ができましたって? そんなこと、絶対口が裂けても言いそうに無いじゃない、あの女」
「まあ、あんまり自分のこと進んで話すタイプじゃないわよね」
「いつも人の話は人一倍聞きますけどね」
「余計な一言も多いわよ」
「特別に聞き手ってわけでもないけど、なんだかんだいって、絶妙なタイミングで切り返されるわよねこれが」
「自分の話、ほとんどしないですもんね」

天野の何気ない一言に、あたしも黒川も「そうね」「ホントねえ」とお互い頷きあった。
あたしたちだって、何も知らないわけでは無い。
というよりは、冴子とかいう妹がいて、そいつと辻本を取り合って、という一連のことは事件絡みであったこともあり、必然的に知ることになってしまった。
どうして外科から法医学に移ったのかも、その流れで知っていた。

そういえば、杉祐里子の過去と、あたしたちはよく向かい合っている……気がする。
でもあの女の、今はほとんど……いや、全くと言って良いほど、知らないかもしれない。
いつもあの冷静沈着な表情と、さりげない会話での切り返しに上手いことごまかされているような。

「自分から好きな人のために料理とか作るんですかね……って月山さん?」

あまりに真剣に話す天野の言葉に、思わずあたしは吹き出した。

「想像付かないわね、それ。杉祐里子が、男のために手料理振舞うなんて。あの傲慢女が。絶対やりそうにないわよ、そんなこと」
「えー」
「じゃあんた想像付くの? やりそうって、そう言い切れるわけ?」
「まあ、はっきりそう言われると……」
「ほら」
「でも……先生、コーヒー淹れるのは凄く上手ですよ!」
「コーヒーってあんたねぇ」
「それ全然フォローになってない」

あたしと黒川の連続的な返しに、天野は「うっ」と詰まって、「人って見た目だけじゃ分かんないじゃないですかぁ」と言葉を濁した。




その後も夕食会は、いつもとは違う妙な盛り上がりを見せた。

あたしたちは夕食をとりながら、お互い近況を話したり、くだらない世間話で盛り上がったり、「そういえば杉がさぁ」「この間杉先生に言われたんですけど、」とかなんとかやっぱり合間合間では杉祐里子がいないことを良いことに、何度かあの女の話でもちきりになった。



なによ、もうホント。
結局、何だかんだ言っても4人なんじゃない。



楽しそうに笑いあう二人を見て、あたしは再びそう思った。



*end*




何かある日ぽんっと出てくるのがこの4人です。あ、今回は3人でしたが。
もう書けないかもなー分けわかんなくなってきたな、と思っていたら無性に何か書きたくなって。
話まとまらないうちに書き始めたので収集付かなくなりました(^^;)精進精進!
普段固定されたメンバーから誰か抜けると、結局その人の話したりしないかな、ってことで杉先生の話。
またここでさらに書きたくなってしまうから、駄目だなホント(^^;)

2006.05.07



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