スー・・・ハー・・・



その気持ちのよい空気に誘われ深呼吸すると、すぐに分かる。
この間までとは違う、秋の匂い、秋の空気。
どこか切なくて、どこか寂しい秋が、そこにもここにも散らばっている。



今日は、つい寝坊してしまった。
あまりの気持ちよさに、なかなか布団から離れられなかったのだ。
急がないと。栄子さんからの着信履歴が、これ以上増えてしまうのは困る。





杉先生の姿を見つけたのは、そんな秋の通勤途中だった。



 か し く 、  な く  。




「あ、杉先生。・・・こんなところで、何やってるんですかぁ?」

「何って、落ち葉焚きしている以外何に見えるかしら?」

『落ち葉焚き』

その最近ではなかなか聞くことのなくなった言葉を、彼女は、朝起きて、顔を洗うぐらい何でもないことのように言い放った。
確かに、先生の前(監察医務院の前)には落ち葉が山のように積んである。
それでも、そんな素直に「そうなんですか」と納得できるようなものではなかった。

「・・・落ち葉焚きって、サツマイモでも焼いてるんじゃあるまいし」

「あら、いけない?焼いてるわよ、サツマイモ」

「いえ、いけないってことはないですけど」

「だって今日こっち来る日だからって来てみれば、みんな出てて、特にやることもなくってね」

だからって普通、落ち葉焚きなんてするのだろうか?
時々パチパチと音を立て、モクモク煙の上がる落ち葉を見つめながら、つながっているようでつながっていない杉先生とのやり取り。
仕事に遅刻してきていることなんて、すっかり忘れてしまっていた。


秋の匂いがする。
子供のころ、学校帰りにした匂いだ。
ついついつられて歩いていってしまうような、懐かしくも切ない香り。





そんなときだった。

「おっ!やってるじゃないの、落ち葉焚き」

「まさか本当にやってるとはね・・・あの杉祐里子が、落ち葉焚きねぇ」

遠くから、栄子さんと月山さんの声が聞こえた。
その方向へ思わず顔を向けてみると、今しがた仕事を終わらせたらしい二人が、こちらへ向かって歩いてきている。

いや、訂正。
栄子さんは、なにやら少し小走り。

「何よそれ。私が落ち葉焚きしちゃあいけない?」

「ったく、そう卑屈になんないでよ。ただ、似合わないってだけ」

確かに。
白衣を着た杉先生が、一人で落ち葉を燃やしている姿なんて、なかなか想像できないものかも。

「まあ、それは確かにありますよね。私も、最初先生の姿見つけたときは、何事かと思いましたよ。 ・・・あ、それより栄子さん」

「ん?何、天野」

「『やってるじゃないの』ってことは、先生が落ち葉焚きしていること、知ってたんですかぁ?」

私がその質問をした途端、栄子さんは「待ってました!」といわんばかりに、胸を反らせ、

「知ってたも何も、私が頼んだのよ。医務院の前にいい具合に落ち葉が積もってるもんだから、杉にサツマイモにでも買ってきて落ち葉焚きでもしましょうよ、ってね。ほら、落ち葉、早いところ片付けなくちゃいけなかったから、焼き芋はそのついでよ、ついで」

とどこか偉そうにこうなった経緯を説明してくれるのだった。
しかし途端に、

「あんたの場合はそっちが狙いでしょうが」

とニヤリと笑いを浮かべながら、月山さんが突っ込む。
そのあまりに的確な突っ込みに、私と杉先生は笑わずにはいられなかった。

「まっ、失礼しちゃうわね〜。せっかく人が素晴らしい提案をしてあげたっていうのに」

「まあ、素晴らしいってほどのことでもないですけどね・・・」

「天野〜、何か言った?」

「い、いえ何も・・・」

「あんたたち、そんなこと言ってる間に焦げるわよ」

そう言って先生は落ち葉の中から、ひょいと芋を取り出し私に半分「はい」とくれた。
途端に、栄子さんが落ち葉の近くに寄ってくる。

「ちょ、ちょっと月山、焦げてたらあんた弁償しなさいよね!」

「弁償?なんであたしが。大体、たかが芋一個であんたも大人げ無いわね」

「大人げない?分かってないわね。食べ物の恨みは恐ろしいのよ〜・・・って、熱ッ!!」

「ほら栄子さん、危ないじゃないですかぁ。気をつけてくださいよ〜」

「ったく、ホント大人げないわね」

そう言いあって、おたがい思わず笑ってしまう。
涼しい風が吹く中で、そこだけポカポカ温かい。



秋は、どこか懐かしくて、そして切ない。





芸術の秋、スポーツの秋、『〜の秋』とは色々言うけれど。



私たち4人は、食欲の秋で間違いなさそう。

そう思ったのは、きっと私だけではないはず。



*end*



あとがき





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