ある日、それはすっごくお天気がよかったある日。
近所の八百屋さんの娘・とまちゃんが、『それ』を持ってきた。
なんでも『それ』は、商店街の納涼抽選会やらどうやらで当てたらしい。
勇二郎さんは「別にこんなもの持ってこなくていい」って怒ってるし、
純三郎くんは純三郎くんでどうしたらいいのか困ってるし、
光四郎くんはどうでもよさそうに携帯でメールしてるし…
『それ』は、鍋島家にとって不必要なものにしか見えなった。というより、不必要なものだと思う。
でも、私はそれに興味を持って仕方がなかったんだ。
もうそんな年じゃないことは十分分かっていたんだけど。
様々な色のそれは、遠い過去を思い出させてくれるようで…
1色1色が、私の過去の1つ1つの出来事とかぶるようで…
*
ク
レ
ヨ
ン
*
「だからな、『クレヨン』なんてどう考えてもうちには必要ないだろう。
そんな子供がいるわけじゃああるまいし、そもそもうちは洋食屋だ。
そーいうものは衛生面で悪いだろう。」
「えー…勇兄、持って来るぐらいいいじゃない。
だってこれ、商店街の抽選で4等賞だったんだよ?
ちょっとはすごいと思わないの?」
それは見慣れた、いつものキッチンマカロニin the キッチンの風景。
勇二郎さんの怒りに、とまちゃんはブーブー文句を言っていた。
とまちゃんがブーブー言うのも無理ないと思う。
だって勇二郎さんにしても、そんなに怒ることじゃないと思うんだけどな…
「ねー、純ちゃんはすごいと思うよね??4等賞だよ??」
「う、うん。俺は、すごいと思うよ。
4等賞だってなかなか取れるものじゃないし。」
「やっぱりそうだよねっ!純ちゃんは分かってくれると思った。」
純三郎くんは、ちょっぴり困ったように答えていた。
とまちゃんはというと、それを知ってか知らぬか、バシバシと純三郎くんの肩をたたく。
純三郎くんはますます困ったような顔をするけど…まあ平和なんだからいいでしょ。
「で、勇兄。そのクレヨン、どーすんの?」
光四郎くんはやっぱりどうでもよさそうに聞く。
「どうするって言ってもなぁ…
これはあくまで、とまちゃんのものだからな。
持ち帰ってもらう。」
「はいはい。勇兄に言われなくても分かってます。
持ってかえって、ネギばあに自慢してから、近所の子にでもあげるわよ。」
「うん、そうするのがいいよ。」
『どうでもよさそう』に聞いた光四郎くんの一言がキーになって、
さっきの調子はどこに言ったのか、今度はトントン拍子で話が進む。
でも…
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?なっちゃん、どうしたの?」
その場にいた全員、一斉に私の方を見る。
「あの……あのですね…そのクレヨン、私にくださいっ!」
私ははっきり言ってみた。
・・・・・・・・・
…案の定、キッチンは静まり返る。
みんな多分、「えっ?おまえが…」なんて思ってるんだろうな…
そりゃあ全く柄じゃないとは自分でも分かってるけど…
「な、なっちゃんがクレヨン欲しいの…?」
一番初めに口を開いたのはとまちゃん。
でもなんだかしゃべり方が妙…
「だ、駄目…ですか…?」
私はそーっと聞いてみる。
やっぱりみんな「えっ…」という顔をして固まっているのはほっといて…
「いや別に駄目ってことはないよ。ただちょっと意外で…」
「うん、なっちゃんがクレヨンっていうのは、俺的にも意外かも。」
「で、でもさ。とまちゃんも別にいらないから持ってきたんでしょ?
じゃあなつみさんにあげても…」
「うん、私は別にいらないんだけど…」
「じゃあ決まりじゃん?」
「うん。なっちゃんが欲しいっていうなら、はい。
じゃ、あげるね。」
そう言ってとまちゃんは私に渡してくれた。
赤、青、黄色、緑、橙…
様々な色のクレヨン。
「とまちゃん、ありがとう〜!
あの、勇二郎さん!ディナータイムまではまだ時間ありますよね?」
「あ、え、ああ…」
「ちょっとお休みもらいます!!」
そう言って私は部屋へとかけて行った。
エプロンを脱ぎ、いつもの所にかけて、そしてクレヨンを抱えて…
「なっちゃんって絵描くのが好きなの?ちょっと意外…」
後ろでは、そんなとまちゃんの声も聞こえてきたけど、とりあえずは無視して。
私は自分の部屋(純三郎くんに借りてる部屋なんだけど)に戻り、適当な紙を用意して床に座った。
確かに『私』と『クレヨン』ってなかなか結びつかないものだと思う。
でも私には、クレヨンに大切な思い出がある。
というより、大切な思い出につながってると言ったほうがあってるかもしれないけど…
あれはまだ私が、幼いころだった。
お父さんと一緒に行った洋食屋で食べたオムライス。
何にも考えずに、とにかく食べた。
それはそれはおいしかった…
そんな思い出。
でもその話には続きがあって、そこにクレヨンが結びついているんだ。
洋食屋さんから帰った私は、とにかくそのオムライスが忘れられなかった。
でも作るにも作れないし、そもそもまだ火なんて使えなかったし…
そこで私が思いついたのが『クレヨンで絵を描く』ということだった。
自分の大好きなオムライスを、毎日のようにたくさん描いたっけ。
おかげで黄色のクレヨンだけ異常に減っちゃって…
ふと、このクレヨンを見て、そんな昔のことを思い出した。
あの頃は描くことしかできなかったオムライス。
それが今は、こんなに近くにあるんだね…
なんだかそう思うだけで嬉しくなってしまった。
…おおっと、こんなに懐かしさに浸るなんて私らしくない。
でも今日だけは…
私は、紙に向かって黄色いクレヨンをなぞりだした。
あの日のように、今日だけは…
「なつみさーん!もうディナータイムの準備の時間…
…あ、それなつみさんが描いたの?すっごい上手!!」
「えっ?」
純三郎くんに呼ばれて気がつくと、もう外は暗くなり始めていた。
「すっごい上手いよ、なつみさん。さすがはなつみさんっていうか…」
「えっ、そうかな…」
「うん。あ、そうだ、その紙貸して!!」
「えっ!?何で?」
「勇兄に見せたいんだけど…」
純三郎くんは真剣だった。
たかが私の絵で、そんなに真剣になることはないと思うんですけど…
「べ、別にそんなことしてくれなくていい…」
「でも、さ。それにそのオムライス、うちのやつでしょ?
勇兄に見せたら、きっと喜ぶよ。俺、そう思う。」
あ、あのねぇ…
「おい、純三郎、遅いぞ…
て2人で何やってんだ!!」
そこに勇二郎さんまでやってきた。
「あ、勇兄。それがさ…見て、この絵!」
「うん?」
「なつみさんが描いた、うちのオムライスの絵なんだよ。
すっごい似てると思わない?」
純三郎くんは、目を輝かせて言っていた。
でも勇二郎さんはというと…
「あのなぁ…純三郎…そんなことやっててな、ディナーに間に合わなくなるだろう!
それに、あんたもあんただ。準備もしないで、絵なんか描いて…」
「す、すみません…私、つい夢中になっちゃって…
すぐに処分します。ごめんなさいっ!!」
私は勇二郎さんから絵をひったくると、ゴミ箱に投げ捨て階段を駆け下りようとした。
「ま、待ちなさい。」
そのとき、勇二郎さんは私を呼び止めた。
「その…確かに、準備もしないで絵を描いていたのはいけないこと…ですがっ、
その絵は…上手く描けているので…であるから…」
そう言って、手を出した。
どうやら捨てた紙を渡せ・・・ということらしい。
「えっ……あ、は、はいっ!」
私は、急いでゴミ箱から紙を拾い、勇二郎さんに渡した。
そして勇二郎さんは照れくさそうに言った。
「……じゃあ、は、早くディナーの準備の方をしなさいっ…」
「はいっ!頑張りますっ!!」
言うだけいって、階段を下りていった勇二郎さん。
「なつみさん、よかったね。じゃあ、俺ももう行くから。」
そう言って階段を駆け下りてく純三郎くん。
「よしっ!!私も行かなくちゃね。」
私も意気込んだ。
そしてクレヨンの箱を閉じ、部屋を後にする…
その夜、お風呂あがりになんとなくキッチンを覗いてみた。
いつもと同じキッチン。だけど…
「あっ…」
壁には、一枚絵が貼ってあった。
それは私が描いたあのオムライスの絵…
勇二郎さんのちょっとした心づかいが嬉しくて…
純三郎くんが目を輝かせてまで褒めてくれたのが嬉しくて…
気がつくと、私の顔は自然と笑顔になっていた。
*end*
△あとがき…?
久々に書いた、ランチ小説…
おかげで、なつみさんととまちゃんと純くんの口調をすっかり忘れてしまいました…
えーと…オムライス→クレヨンのエピソードは、私のオリジナルです。
多分分かると思うけど、念のため(^−^;;)
なつみさんはこんな人じゃねーだろ。。。というツッコミ、大正解(苦)
まあ1個目だから許してください(−−;)
2003.7.13
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